20007.4更新
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2000
君は原將人を観たか? 伝説の映画監督、27年前の衝撃作がよみがえる
はつくにしらすめらみこと
7月1日(土) 午後8時半から新潟・市民映画館シネ・ウインドで「ライブ上映」
96人が来訪、満員御礼!
当日の様子
写真=16ミリ映写機を2台同時に回して行うマルチ上映。要所要所に原監督(左端)のエレクトリックピアノの弾き語りと新潟のギタリスト、堀川英明さんの伴奏が入る
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写真=和服姿で登場した原監督
広末涼子主演“20世紀ノスタルジア”(97年)で若者にも支持を集める原將人監督。73年に日本映画界に衝撃を与えた伝説のロードムービー「初国知所之天皇(はつくにしらすめらみこと)」をニューバージョンで上映します。当日は原監督も来訪、監督自身によるエレクトリック・ピアノの演奏で、映像と音楽のコラボレーションをお楽しみ下さい。
日 時
2000年7月1日(土)午後8時30分開演(午後8時開場、10時45分終演予定)
会 場
新潟市民映画館シネ・ウインド(新潟市八千代2-1-1)
料 金
前売り2500円、当日3000円
上映作品
初国知所之天皇(はつくにしらすめらみこと)(73年、16ミリ2面マルチ)+原監督によるEピアノ演奏
古事記をモチーフに、北海道から日本列島を南下する映像作家の旅を自作自演しながら、映画と神話を照応させようとした壮大な映像叙事詩。「キネマ旬報・日本映画200」にインディーズから唯一選ばれている。特別上映
おかしさに彩られた悲しみのバラード(68年、16ミリ)
原監督が高校在学中に制作。映画をつくろうとする自分たちの身辺をスラップスティックな文体で軽妙に綴った作品で、当時の自主映画界のみならず社会的にも大きな反響を呼んだ。チケット取り扱い
シネ・ウインド(025-243-5530) 鳥の歌(025-228-3080)
主 催
にいがた映画塾
チラシをダウンロード(PDFファイル)して見ることができます。 AcrobatReaderが必要です。
ダウンロードはこちら(1MB) ◎問い合わせ にいがた映画塾TEL&FAX 025-248-9088 メールはこちら
94年、東京でリバイバルされたときのチラシから ◇作者自身による解説1971年、映画作家・原將人(はらまさと)は、日本の神話<古事記>に題材をとった劇映画「初国知所之天皇(はつくにしらすめらみこと)」を16ミリで撮り始めた。だが、その映画は撮影半ばにして挫折した。
翌年、原は1人で、16ミリカメラを8ミリカメラに持ちかえて、撮影できなかった撮影予定地をまわる、ロケーションハンティングの旅に出た。
その旅で、自分が何を表現したかったのか突き詰めるうちに、原は、神話が、映画の題材として映画の外部にあるのではなく、映画の内部に、映画を作ることそのもののうちにあることに思い至る。そして、そのロケーションハンティングの旅そのものを記録していけばいいこと、また、それが未完の「初国知所之天皇」を、神話というモチーフを最良の形で表現しながら完成させる方法であることを予感する。
ここにおいて、映画という小宇宙と天地創造の神話の大宇宙とが照応したのである。
作家による作家自身の映画日記というスタイルのとられたこの映画は、映画についての映画であると同時に、映画という神話そのものなのである。
◇上映データ1973年、同一スクリーンに8ミリと16ミリ、2種類の映写機によって交互に映写していく上映方法によって公開された。上映時間は6〜7時間。渋谷のポーリエ・フォルトにて約半年間のロングラン上映だった。さらに75年には、16ミリ作品として4時間5分ヴァージョンで公開された。この94年ヴァージョンは、2面マルチとして75年の16ミリ版を再編集したものである。
73年オリジナル版上映では、各マスコミが絶賛! 読売新聞 この映画「初国知所之天皇」は、画期的な映画といってもよい。映画製作のための族、それと題名からも判るように、日本の初代天皇の名をかりることによって、原將人という映画作家の根源の意味を問おうとする、壮大な旅を構想し、それを実現した作品である。映画、映像が歩行感覚をもって旅をはじめたようである。(吉増剛造氏)朝日新聞 奇妙な映画ができた。奇妙だが、しかし秀作だ。原は、精神の三年の流浪の末、自分一個が正に世界であり、世界の始まりであることを発見する。(英氏)
東京新聞 まったく新しい発想をする人が出現した。これは映画による自画像だ。思ったことすべてを言葉(ナレーション)と画面にする才能といえる。(佐藤忠男氏)
読書新聞 現代の映画作家の総体がいまだに解き放たれていない遺制的な呪縛(系)を、作品の次元で自力で棄揚しえた、稀な映画である。(田原克択氏)
キネマ旬報・日本映画200選より フィルムが回りスクリーンに映像が浮かびスピーカーから音が流れる。これを純粋な映画の時間とすれば、「初国知所之天皇」は、その純粋な映画の時間からはみだし、ふくれ上がり、観客の心の中にしみ込んで、それぞれの観客が再構成し摂取することで生命を獲得する種類の映画である。これはまた六○年代末を特徴づけた意識革命の何たるかを最も誠実に示した作品であった。(河原畑寧氏)[原將人(はらまさと)プロフィール] 1950年7月15日、東京都目黒区生まれ、68年、中学2年の時、ルイス・ブニュエルの「アンダルシアの犬」を観て映画に目覚めた。私立麻布学園高校在学中に16ミリ映画「おかしさに彩られた悲しみのバラード」で第1回東京フィルム・アート・フェスティバルのグランプリ及びATG賞を受賞し、各方面に一大センセーションを巻き起こした。弱冠18才の受賞は、当時の盛り上がりを 見せていた自主映画運動と相まって、一躍、時代の寵児の誕生となったのである(この衝撃の大きさは村上龍氏が小説「69」で描いている)。
高校卒業後に、松本俊夫監督の「薔薇の葬列」(69)に参加、70年には大島渚監督の「東京戦争戦後秘話」の脚本及び予告編を担当する。また、同時期に撮り続けていた「自己表出史・早川義夫編」を発表。73年には、北海道を起点に、古事記をモチーフに、日本列島を南下する、映像作家の旅を自作自演しながら、映画という小宇宙と天地創造の神話の大宇宙とが照応した映像叙事詩「初国知所之天皇」を3年がかりで完成させる。
監督・撮影・編集・音楽のすべてが彼一人の手で仕上げられたこの作品は、上映方法も独自で、監督自らが映写機を操作しながらのパフォーマンス上映で、1年間、渋谷のポーリエ・フォルトで続けられた。この作品は、70年代の自主映画界に大きな衝撃と多大は影響を与え、その壮大なテーマとヴィジョンは、今現在も伝説的映画として語り継がれている(この作品はキネマ旬報社刊「日本映画200選」に選ばれている唯一のインディペンデントシネマである)。
70年代後半より活動のフィールドをビデオに移し、「ユリシーズの不思議な旅」(79)などを発表。また、教育映画TV番組の演出と多方面に活動を続け、93年、20年ぶりに、インディーズ作品「百代の過客」を製作。「百代の過客」の一部は93年度ニューバージョン「初国知之天皇」とともに山形国際ドキュメンタリー映画祭に特別招待作品として上映され絶賛を浴びた。
97年、永年暖めていた企画「20世紀ノスタルジア」(広末涼子主演)で待望の劇映画デビューを果たす。
お断り:このページの原監督の顔写真は、「20世紀ノスタルジア」のページ(こちら)からコピーしました。使用許可をいただこうと思いましたが、該当ページにメールアドレスが見あたりませんでした。もし連絡先をご存じの方がいらっしゃったら、下記のメールまでご連絡下さい。