2000.10.17更新 シネバン2000番外
あきる野映画祭フイルムコンテストグランプリ受賞記念

井上監督、自作を語る
10月20、27日に行われる「井上朗子の映画上映会」開催を前に、井上監督自身から最新作「ダイアローグ1999」や、これまでの作品について話を聞きました。(聞き手・星龍雄、撮影・村井勇)
共有した時間の「光」を表現したい
■あきる野映画祭でグランプリを取った感想は
あきる野での上映では、会場内の空気が重く、観客が疲れたように感じられたので、そのときには落ち込んでしまいましたが、一次審査の方から「この映画を見て、また映画を撮ってみたい気持ちになった」というコメントをいただき、うれしかったですね。ただ審査員の作品評は、自分が思っていた以上に深読みされていて、この作品はまだ自分の中で消化されていない感じなので、何がよかったのかと聞かれても自分ではよく分かりません。私が映画を撮るときには感覚的に撮る感じで、何もかも見据えて計算ずくでやる訳ではないんです。だから手伝ってくれるスタッフには迷惑な話だけど、つくって何度も見返す中でやっとその映画が分かってくる、そういうタイプなんだと思います。
■「日常の中でふと思い出す、誰かについて語って下さい」という質問は前から考えていたことですか
ダイアローグ(対話)ということを前からやってみたかったということと、私の中でずっとテーマとしてあるのは「誰かと人生のある時を過ごして、別れたとしても、それは永遠の別れではない」ということ。出会っていた時間の「光」や、共有していた時間の「光」というものを表現したいという気持ちでインタビューを始めましたが、そういう話を必ずしも聞けるとは限らず、でもそこから私と出演者とのダイアローグが始まったのだと思います。
1999年を生きる自分を語ろうと思った
■「1999年」に個人的な思い入れはあるのですか
1999年という時代と自分とのつながりを持ってみたいという思いもありました。60年代とか70年代とかを引きずって生きていく人はいるけど、99年という時代の変わり目を引きずる人はあまりいないのではないか。私はあえて引きずってみようという気になったんです。
それは、今の時代が希薄になっているという実感があって、そんな時代を引きずってまでつくりたいものがないという意識があって、でも例えば60年代のように「時代につくらせてもらえるという時代」に対するあこがれもあります。だから時代の変わり目と感じる99年に生きる自分をあえて語ってみようと思ったんです。
■確かに、井上さんだけは過去に会った人ではなく自分自身について語っていますね。その話の内容には驚きましたが
99年に生きる自分をそのまま大事にしてみようと思って。99年の私、99年の友人、99年の家族を描こうという感情をとりあえずは形に出来たのではないでしょうか。あのときと同じものはもう撮れないと感じるし。ただ、個人映画はとりあえずここまでにして、自分の話はもうやりません。家族も二度と出しません。
人と人の「つながり」を実感
■井上さんにとっては初めてのドキュメンタリー作品ですね作品の中で、カメラマンを目指している友人が上京する前に「中国へ行ったら黄河を見た方がいい」という話があるのですが、最初に、この作品をイメージフォーラム付属映像研究所で上映したとき、そのカメラマンを目指している男の人がこの中にいるかもしれないとふと思い、映画の新しい面を発見しました。つまり、出演者と過去に出会った人とのつながりがまずあって、そこに映画を撮っている私とのつながりができて、映画をつくっている間はそこで完結するのですが、上映の際には観客と新しいつながりが出来てくる。この映画は必ずしもドキュメンタリーだとは思いませんが、この作品を通じて人と人の「つながり」の広がりが実感できました。
■聞いた話はすべて使ったのですか
はい。いえ…(笑) 実は一人だけ録音がうまくいかずにやむなく使えなかった人がいます。それ以外は全員出ていただいています。
■音を聞かせる映画という印象をもったのだけれど、あの構成は当初から考えていたのですか
最初から音中心の作品を考えていて、撮り始めたときは画を極めるということにはあまり興味が無くて。それと、やっぱり自分の身近な人の魅力を生かすということが基本にあって、それをどうすればいいかと考えていました。結果として、ああいう形になりました。
イメージフォーラムの先生には反対されたけど、言葉を大事にしたいので、出演者は出さない、画はいらない、もっと黒みは多くてもいいんじゃないかと思いました。
■画と音をどうマッチングさせようと考えましたか
合わせようと思った部分もあるし、そうでない部分もありますが、画はとにかくシンプルにと心がけました。撮り始めたときはイメージフォーラムの作品だからオーバーラップとかしなければいけないといろいろやりましたが(笑)、最終的には画面の一部分が微妙に動いていればいいという画づくりになりました。何かを思い出すときのようなボーっとした視線で見るような雰囲気とでもいえばいいのでしょうか。ずっと劇映画を撮っていたので、セッティングして役者を連れてきてという画づくりをしてきたので、今回はふと、いまそこにある瞬間を撮影しようと思ったんです。
■その一方で、佐渡おけさのかさが出てきたり、カメラを据え置きにして井上さんが向こうから走ってきたりと、あ、狙ってるなという画もありましたよね。そういう虚構性はあえて入れてみたんですか
たぶん、照れ隠しだと思います。
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「記憶の記録」とのアプローチは違う
■この作品の手法は井上さんの処女作、「記憶の記録」(97年)に近い感じがしたのですが
「記憶を記録する」というテーマと、音と画の関係は確かにそうかもしれませんが、「記憶の記録」はスタッフ全員の言葉を入れたいという前提がまずあって、セリフを選ぶということはしたくなかった。一方の「ダイアローグ1999」は出演してもらった方から以前聞いていた話をもう一度話してほしいとお願いしたケースもあり、形は近いけど、自分の中ではアプローチは別だと思っています。
「記憶の記録」は第2期映画塾の卒業作品ということもあり、かなり行き当たりばったりだった部分があります。でもあれはあれでよかったと思っています。
■その次につくったのは「毛布」(98年)ですが
「記憶の記録」の後、きちんとした物語をつくりたいという気持ちが出発点。でも物語をなぞるのではなく、物語の大筋とは関係ない「すき間」の部分で映画的な表現をしたいという気持ちもありました。結果的に話が分かりづらいという意見が多かったのですが、「うれしい、着ぐるみ」、「ダイアローグ1999」の次に撮る作品は、やっぱり「毛布」のようなすき間の多い作品だと思っています。
演出が永遠の課題
■「うれしい、着ぐるみ」(98年)は全国的に高い評価を集めましたが「着ぐるみ」はまず、「毛布」の反省から、シンプルなストーリーを語ろうと心がけました。その中で映画の情感というか深みを出したかったんです。でもこの作品を自分の中に受け入れるのにかなり長い時間がかかった。ようやく今年4月の金沢での上映で客観的に見られるようになりました。それまでは自分の思いが強すぎて、見ても細かい部分を気にし過ぎたのですが、ようやく「なかなかいいじゃない」と思えるようになりました(笑)。
でも、この作品を通じて演出の難しさを痛感しました。演出にはすごく興味があるんですよ。演出をやりたいために映画をやっているというところもあって。私は人と接するために映画をやっている面があります。もとがズボラな人間なので、人間関係を積極的につくるのが苦手なんです。でも映画をつくる時には人と接することを努力しなければいけないわけで、それがもっとも表れるのが演出。だから演出は永遠の課題ですね。
■次回作はどんな作品になりそうですか
来年はストーリーのあるドラマを撮りたいと思ってます。でも、映画にストーリーは果たして必要なのかということを、もっと考えなければダメだなーと感じてもいる今日この頃です。
にいがた映画塾コム