98.11.22
にいがたインディーズ・ムービー・フェスティバル
撮る喜び スクリーンにあふれる
立ち見も出る盛況ぶり
工藤栄一監督も飛び入り

写真=立ち見も出た上映会の客席
2回目となる「にいがたインディーズムービー・フェスティバル」が98年11月22日(日)、新潟市万代の新潟市民映画館「シネ・ウインド」で開かれた。12時間以上の「マラソン上映会」になった今回は、約300人という新潟での上映会では過去最高の観客が訪れた。上映作品は質のばらつきはあるものの、初めて自分の「映像」を撮った人が多く、作品づくりの喜びや興奮が館内にあふれた。また、ゲストの風間志織監督のほか、日本映画界の重鎮、工藤栄一監督も飛び入り参加し、インディーズ映画作家を激励した。一般応募作品は新潟県内のほか、「上映会当日、監督は会場に来ること」という規定にも関わらず、山形、愛知、東京などからも応募があり計28本。新潟の作品は25本で、うち21本がにいがた映画塾関係作品だ。午前10時半上映開始。終了は午後10時30分予定というハードなスケジュール。
最初のプログラムはぴあフィルムフェスティバル(PFF)の招待作品4本。引き続き特別ゲストの映画作家・風間志織氏と新潟の映像作家ナシモトタオ氏のトークショーに移ったが、風間氏が「私の16年前の初作品見せたいな」と「あんたの映画みせてやれっ!」のキャッチコピーにふさわしいハプニングも。
写真左=風間志織監督(左)とナシモトタオ氏写真右=高校時代の8ミリフィルムが冒頭で切れてしまい、「やれやれ」という顔の風間監督
風間氏が上映したのは高校時代に撮った「お楽しみは悲劇から」という8ミリ作品。白血病に冒された女子高生が高校を乗っ取ってしまうという「学園大スペクタクル」だ。「映画を撮るとき構えてしまったりするけど、この映画を見たら、なんだ、そんなことないじゃん、と思ってもらえるはず」(風間氏)。この上映で30分あった昼休みも「返上」。ただちに応募作品上映に移った。
無審査ということで、作品はドラマ、コメディー、実験的なもの、ドキュメンタリーとジャンルも様々。上映後は会場の監督が前に出て一言あいさつ。「こんなに恥ずかしい思いは久しぶり」「まだまだ不十分だけど次は頑張ります」などの初々しい言葉が多かった。
会場の座席は87席だが、入れ替わり立ち替わり人が訪れ、午後のピーク時には補助イスも出さなければならなかった。観客総数は約300人で、「こんなにたくさんの方に見てもらって感激です」という監督のコメントも。会場には全国各地の自主上映祭を見て回っているという兵庫県から訪れた観客の姿もあった。
午後4時ごろ、「その後の仁義なき戦い」(1979)「ヨコハマBJブルース」(81)などで知られる工藤栄一監督が突然会場を訪れた。工藤監督は翌日シネウインドで上映される「13人の刺客」(63)の特別ゲストとして新潟入りしたが、若い人たちが映画祭を開いていることを知ってわざわざ足を運んでくれた。
写真=飛び入り参加し、若き映像作家を激励する工藤栄一監督「映画界に入って40年になるが、この世界は個性が最後まで要求される。技術とか映画のつくり方を勉強するのはいいが、最後に問われるのは自分の考え方や美意識。それをこよなく鍛えることで映画を撮り続けていくことができる。映画に公式はない。あるとすればこれまでの映画を1つ1つ壊して、自分なりの公式を求める闘いをするしかない。その闘いをやることで、初めて作家として独立できる」。工藤氏は、そう映像作家の心構えを説いた。
その上で「新潟からも面白い映画が続々出てくることを期待している。なにも東京だけが第一ステーションではない。全国いたるところから情熱のある人が出れば世界に通用するし、世界もそういう日本映画を待っている。映画は多額のお金がかかるが、そういうことも考えに入れながら自らを鍛えて下さい」と激励した。
途中機材のトラブルや、臨時の休憩時間も入れたため、上映会終了は予定を1時間オーバーし午後11時40分。最後まで残っていた観客とスタッフ約40人はその場で打ち上げを行った。映画館前半分の座席を手分けして外し、「ござ」を敷き、さっきまで各作家の力作を映した「銀幕」の前で宴会が始まった。風間監督や愛知の田中武監督一行(レッツゴーアドベンチャー 爆走!モンスター街道)も参加。映画塾と田中監督グループとは今後も作品交換など交流を深めていくことで一致した。
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写真=映画館の前の座席を外し「打ち上げ」を行った
作家に作品の感想を述べる人、出演者をねぎらう人、昔の上映会の思い出話など、さまざまな声が午前4時まで映画館に響きわたった。