98.12.8


 

 

写真=映画「放課後」の説明をする小林茂氏

 

「いま」と真正面に向き合う

「阿賀に生きる」の撮影、小林茂の写真と映像展「こどもの宇宙(そら)」

映像、教育など多彩なイベントも

 
 ドキュメンタリー映画カメラマンで、にいがた映画塾講師の小林茂氏の映像と作品展「こどもの宇宙(そら)」が98年12月2日から8日まで、新潟市万代シティにあるギャラリー「リターナ」で開かれた。小林氏の写真展「ウガンダに生まれて」と初の映画監督作品「放課後」の上映を中心に、夜は日替わりで映像、教育、福祉などをテーマにしたイベントを行い、7日間で500人以上の観客が訪れた。

 写真展「ウガンダに生まれて」は、小林氏が内戦で荒廃した東アフリカの小国・ウガンダの子どもたちと生活をともにしながら撮った作品をパネル展示した。「一枚もトリミングしていない」という作品は、ストリートチルドレンや、大工などの技術を学ぶ研修所での子どもたちの表情が力強く、いきいきと切り取られていた。

写真=写真展「ウガンダに生まれて」

 同じ場所で1日2回、スクリーンを設置して「放課後」の上映も行われた。「放課後」(1997年)は、札幌市にある共同学童保育所「つばさクラブ」の一日を追った20分の16ミリ短編だ。

 学童保育所とは、小学生を対象に放課後、子どもたちを受け入れる集会所。低学年も高学年も入り乱れ、絵を描いたり、踊ったり、遊具を使って遊ぶ。また、この「つばさクラブ」では、障害を持つ子供も受け入れ、分け隔てなく遊ぶ姿が撮影も行った小林氏の目を通して描かれる。

 「障害をもった子どもたちは、遠い養護学校から帰ってきた後は近所に遊ぶ友だちもいない。私は、それまで子どもたちの放課後を考えたことがなかった」。小林氏は作品の中で独白する。被写体に真っ正面から向き合う小林氏のカメラの視線が、障害のある子、ない子、指導者、ボランティアらをいきいきとフィルムに焼き付けていた。

 上映会では「放課後」の続編「自転車」の一場面も上映され、小林氏は現在資金難で制作が中断していることを説明。資金協力も呼び掛けた。

 毎晩、7時ごろから行われたイベントは、2日は「映像を楽しむ日」と題して「阿賀に生きる」(佐藤真監督、92年)の上映と「阿賀…」のスチール写真担当・村井勇氏の講演が行われた。3日は「映像を発見する日」として小林氏の映像の面白さを語る講演や昔のドキュメンタリー映画の上映があった。

写真=イベントには毎晩多くの観客が訪れた

 4日は教育をテーマに「こどもをみる日」。「教室の子どもたち」(羽仁進監督、54年)の上映や、新潟大教育人間科学部講師の長沢正樹講師が、障害をもつ子どもたちとの関わりを通じて「昔の子どもたちと今の子どもたちは本質的には変わっていない感じがする。ただ少子化となる今後は、社会で子供を育てるという意識が必要になるだろう」と話した。

 5日は「子供を語る日」。登校拒否の体験を出版した桜井隆光氏と新潟で子供の居場所づくりに奔走する柳弘紀氏のトークショーが行われた。

 6日午後は、子どもたちに「開放」。「子どもと音楽の日」と題して「つばさクラブ」の指導員、吉田泰三、安藤京子両氏を札幌から招きミニコンサートを行った。日曜日ということで大勢の子どもたちが遊びに立ち寄り、歌で盛り上がった。

 イベント最終日となる7日は「映像を作る日」。第3期の小林氏の講義で上映し好評だったチリのドキュメンタリー映画「100人の子どもたちが列車を待っている」(イグナシオ・アヴェーロ、88年)の上映や、小林氏が選んだ「にいがた映画塾」の第2期、第3期の作品2本が上映された。

 8日、イベント終了後の打ち上げでは協力したスタッフ一人ひとりをねぎらいながら「来た人を見ていると、『阿賀に生きる』の時とは違う、新しい新潟の息吹、パワーのようなものを感じた。そんな人たちが生きやすい状況がもっと広がれば、新潟はもっといい街に変わる」と心地よい酔いの中で話していた。

 

小林茂氏の略歴


小林茂展トップへ

Festival & Eventページへ

トップページへ