02.1.12 2002年度にいがた映画塾総会資料

2001年度にいがた映画塾活動報告

1. 第6期にいがた映画塾

 26人の受講生で5月12日より全10回の講義。その後、各組に分かれて卒業制作を行った。例年の映画塾の総力をあげての講座からスタッフの人数も含めて、よりコンパクトな講座をめざした。土曜の夜、(結果的に)外部講師を呼ばない、など新しい方向を打ち出し、受講料も3万3千円と低めに設定した。講義も早い段階から卒業制作に向けた実践を重視し、作品完成時に映画づくりの全体がつかめれば良いとした。この卒制を重視した結果、すべて16ミリによる8本の作品が制作された。各組のスタッフ不足は先にアップした組からの応援もあり、8月中にはなんとか全作品アップすることができた。このため例年以上に塾生は映画制作に深く関わることができたと思う。一方で中央で活躍する映画人に会いたいとか、より分かりやすい講義を望む声もあった。今後の課題としては、コンパクトでも充実した講義にすることや、若い中心スタッフを育てることが必要だろう。また卒制を実習作品以上にするためにも講座スタッフが卒制のスタッフに積極的に加わることも必要だろう。(笹崎隆)

2. 映画塾通信NG

 映画塾の会報「にいがた映画塾NG」は98年11月14日に創刊、2001年度は12号から15号まで4回発行した。1000部印刷し、会員、映画塾講師、交流団体、協力者などへの郵送分が343部。シネ・ウインドと長岡のシネマ・チャオ、上越の喫茶店「プー横町」置きが計約400部。残りは映画塾置きとなっている。郵送分が前年より30部ほど増え、郵送費の増大が悩みとなっている
各号のトップ見出しは以下のとおり。

 第12号(01年1月30日発行)「若手起用、世代交代へ一歩。21世紀最初の総会開く、役員枠7人から13人に拡充」

 第13号(5月12日)「フィルムコミッション設立向け運動、県や市に働き掛け、地域再発見の効果」

 第14号(9月4日)「山形国際ドキュメンタリー映画祭10月開催、塾から3作品エントリー、木原さん井上さんコバさんに招待状」

 第15号(12月19日)「1月12日に2002年度総会、映画塾規約を全面改定」(星龍雄)

3. 映画塾コム(ホームページ)

 2001年12月末までの3年8カ月で3万9000件ほどのアクセスがあった。2001年度一年間では1万5798件であった。一日平均43.2人が見ていることになる。

 1998年4月にスタートし、映画塾の活動はほぼ網羅されている。更新情報を直接知らせるメールマガジン「映画塾メール」は2000年2月にスタート、12月末で136号を発行している。5月には携帯電話用の「映画塾ミニメル」も開始。27号発行した。

 フィルムコミッション設立を目指して、3月には「フィルムコミッションを新潟に!」のページも開始した。

 これまでは星龍雄会員が一人でつくっていたが、インディーズフェスティバルのページで坂井勇介会員が制作を担当。JAVA(パソコン言語)などを駆使して新鮮なページに仕上がった。今後も新しい才能がどんどんホームページづくりに参加することを期待する

 アドレス http://old02.n-eigajyuku.com/

(星龍雄)

4. 機材の整備

 第6期講座の機材費から16ミリ映写機2台(磁気録音用、編集用)、ガンマイク、ウインドジャマーを購入。学校ビデオよりマイクブーム棒、ピンマイク2本が塾機材へ編入。星龍雄会員より8ミリビデオカメラ、MDウォークマンが寄贈された。このように音関係が充実する一方、塾にある小型カメラ用三脚がほとんど壊れかけている。また編集機は消耗品なので、修理費を積み立てておくことも必要であろう。(笹崎隆)

5. 定期上映会(シネバン)

 一昨年のほぼ毎月開催されていたのと比べて、昨年は6月12日「こどものそら」上映会、9月15日「バカ映画特集」の2プログラムのみであった。(12月14日より二週間「崇とその仲間たち」「ちょっと青空」をP・プロジェクトシアターとの共催で上映)両上映会とも観客数や作品への好評価など大きな成功を納めた。会員の自発性にまかせているとはいえ、やはり上映活動が停滞した年であった。今年はプラーカシアターの場を生かし積極的な上映活動が望まれる。なお、10月に開催されたプラーカシアター・プレイベント「ニイガタ・フィルムメーカーズ・セッション」に上映協力した。(笹崎隆)

6. ライブラリーの充実

 ライブラリーは着実に増えているが、管理責任者の不在により、ほとんど管理がなされていなかった。そのため、現在何本あるか不明で、未返却のままになっている作品も相当数あるとみられる。管理体制に大きな課題を残した。(星龍雄)

7. ラジオ制作

 1999年12月より「FMにいつ」において毎週日曜日午後5時より放送していた「にいがた映画塾のシネマで愛して!」はにいがた映画塾の電波広報媒体としてリアルタイムの活動を伝える他、映画塾以外の映像のイベントや企画も取り上げたり、それらの関係者にゲスト出演してもらったりと映画情報の総合番組として、制作された。2001年のトピックスは5月に映画配給会社の東宝東和から新潟での上映予定の映画を番組内でPRしてもらうよう要望が来たこと。以後、東宝東和の希望する作品は新潟の上映館の試写会に入れるようになり、番組の中で感想を伝えるようにした。番組は映画塾ホームページのネットでも聞くことができるようになっている。

 尚、10月からは映画以外の話題も扱っていこうというコンセプトで、番組名も「にいがた映画塾のいつでもリハーサル」と改め、制作を続けている。(矢部孝男)

8. 作品制作

 にいがた映画塾で制作協力した「子どもの夢が育つ学校ビデオ」は、一昨年の7月よりスタートし、昨年の12月2日の上映会をもってとりあえずの完成をみた。塾側スタッフとして、笹崎、ナシモトを中心に太田、坂井、田巻、須貝、五十嵐、矢部などが参加した。撮影、延べ50日。編集も半年がかりであった。結果、6本オムニバスの3時間に及ぶ作品になった。このビデオはいわば請負仕事で、本来プロフェッショナルな側面を持つものであった。スパンの長さや、撮影対象の多さ、スタッフ結成など映画塾向けの企画であったかどうか疑問の残るところだ。プロジェクト側スタッフからは、映画塾はセミプロ集団だという評価もいただいた。このことは今はポジティブに受け取っている。我々はプ□をめざしてきたのではないし、アマチュアに徹しようとしているのでもない。この曖昧な領域でやれることが、映画塾の強みだ。そこから独自のアプローチも生まれる。なお、福島、坂井などが「3B体操」のビデオ制作に協力した。(笹崎隆)

9. 映画塾作品、会員の作品の上映の促進

 ここでは県外の映画祭への応募、上映について報告する。

 ぴあフィルムフェスティバル、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭、大阪プラネット映画祭、水戸短編映画祭、神奈川県映像コンクール、あきるの映画祭、山形国際ドキュメンタリー映画祭など各コンペに4期作品を中心に応募した。結果、「崇とその仲間たち」が神奈川と山形で、「王様と裸」があきる野で、「ダイアローグ1999」が山形でそれぞれ高い評価を受けて入選、上映された。また、福井インディーズ、金沢インディーズ、東京トリウッドなどで映画塾作品、会員作品が上映された。

 コンペ形式に限らず作品がさまざまな場所で上映されることは励みになるし、互いの作品について話すことは刺激にもなる。それには実際に行って参加することが大切だ。

 講座卒制作品は今まで映画塾で応募してきたが、これは本来作家が自主的にやるものだろう。そのためには各映画祭の応募要項などを一覧化しておく必要がある。

 なお、今後ブロードバンドなどネット上での上映も視野に入れておくことも必要であろう。(笹崎隆)

10. サロン上映会(ウラバン)

 上映会シネバンが不特定多数の観客を対象としているのに対し、会員限定で親睦を深めるお座敷上映会という位置づけが「ウラバン」。01年度の新規事業として毎月第3土曜日に開催する予定で始まった。

 第1回は1月20日、山崎敬司監督(東京)の「マンガくん」(企画・星龍雄)を上映、第2回は2月17日、「バカ映画4連発」と題して「手作りのSTAR WARS」「バトル野郎」「スターブレイザー大作戦」「愛の使者ラブラブ星人」を上映(企画・星、野上純嗣)。第3回は3月17日に会員の三田元人さんの秘蔵コレクションを上映。第4回は4月21日、手塚眞監督の「モーメント」(企画・長沼朝夫)をコッソリとビデオ上映した。

 しかし、第6期映画塾開始とともに中断し、8月再開の予定は未定となり、結局自然消滅となった。「肩に力を入れない上映会」という基本コンセプトが逆にあだとなった。また、普段事務所に来ない会員を多く集めたいという期待があったが、来たのはいつもの顔ぶれという反省点も残った。

 ウラバンという定期的な企画は立ち消えとなったが、未公開のストックはあるので、今後も希望があれば随時の形で開催できればと思っている。特に、イベント等がない冬期間は憩いの場として有効であろう。(星龍雄)

11. 定期活動(定例会、会員増加活動等)

(1) 会員勧誘

 特に会員勧誘の活動はしていないが、常時新しい会員の獲得を目指している。本年度は第6期映画塾の卒業生26人が入会したほか、にいがたシナリオ講座に伴う入会が18人、その他3人になっている。

 2001年12月31日現在、有料会員は102人(第6期・シナリオ講座含む)で、映画塾の卒業生の多くは無料会員である。

(2) 定例会
 2001年1月9日(火)から同年12月19日(水)まで、のべ24回開会した。開催日は2月20日から毎週第1、第3水曜日にした。平均出席者は10.9人で前年度13.9人より3人減っている。

12月12日(水)と26日(水)に臨時定例会を開いた。

(3) 事務所の清掃

 当番制で事務所を清掃することになっているが、ほとんど実施していないことは大いに反省しなければならない。使用後の後片付け、食器洗い、ゴミ出しなどは定着しつつある。(五十嵐政人)

12. NPOの調査、研究

 2001年度の活動計画に基づき、NPO(非営利活動法人)化に向けた調査・研究を行った。具体的には、法人化への手続きや法人化のメリット・デメリットである。

 手続きについては、具体的に定款案を作成し、「準備会」において話し合った。法人化のメリットについては、行政や他の法人の事業を受託しやすくなったり、信用力が高まることなどが挙げられる。デメリットは事務作業が増えること以外は特に見あたらなかった。

 しかし、定例会において、映画塾を法人化するかどうかという最終的な話し合いの際、「現在、法人化するという積極的な理由が見あたらない」という意見が多かったことや、定款の大幅な改正が必要であることなどから「現時点では、定款(映画塾規約)の全面改正をまず行い、法人化の必要性が出てきた段階で手続きを進める」という結論が出た。

 本年度は定款案ができたことで、法人化への移行がより早くなることが可能になった。今後は、法人化の準備をさらに進めるともに、法人化が必要になった時点で再び話し合いを行う予定である。(星龍雄)

13. フィルムコミッション設立活動、映画「blue」制作協力

 映画やテレビドラマのロケを誘致・協力し、地域振興を目指す「フィルムコミッション」(FC)が2000年に全国各地で発足したのを受け、新潟でもFC設立を目指して2月から行政などへの働きかけを始めた。映画塾のメンバーは星龍雄、矢部孝男、ナシモトタオ、土田雅之、渡辺千佳子、平淳一郎、駒形千夏、伊藤貴子に、FC設立運動に共鳴して参加した伊藤尚子の9人。

 ちょうどマンガ家、魚喃キリコ原作「blue」の映画化協力の依頼があり、FCの市民へのPRや新潟でのFC実践として、石川浩之を事実上の責任者として映画塾が協力した。

 8月20日には、行政や経済団体、企業関係者らを巻き込んで新潟FC研究会を設立。01年度中は全6回の会合を行った。映画塾メンバーの努力により、毎回詳細な議事録が作成されている。02年度中に中間報告をまとめる予定である。(星龍雄)

14. プラーカシアター協力

 2001年8月、新潟市笹口にあるファッションビル「プラ−カ新潟」5Fスペース内の一画を使って上映会を開催したいと映画塾副代表ナシモトタオから提案をしてみたところ、それであれば、継続的に映画やアート関連のイベントをする空間として使ってみてはと話が発展したことに始まる。基本形態を映画塾とは別の団体とするが、相互協力する形で展開することとなる。名前をP.PROJECTSとし、プレイベントとして、10月に「NIIGATA FILM MAKERS SESSION 1」(約400人動員)、12月に「FOCUS ONE」(約350人動員)の開催をした。ここでは、多くの映画塾出身、関係者の作品が紹介された。今後も映画塾関係のみならず自主映画製作活動をしている作家を紹介していく。2002年4月のNPO許認可に向けて準備中。

 今後の主な予定、2月「LOVE CINEMA」「モル」「サノヴァビッチ・サブ」上映、3月「闇を掘る」「森と水のゆめ」上映&石炭画展。以上確定。以下予定。にいがた映画塾VSニューシネマ・ワークショップVS日本アニメ・まんが専門学校上映会。木下勝弘ポスター展&ネイルアート展、モ−ニング娘。主演「なまたまご」上映。日比野克彦映像展。新潟大学写真部グループ展。ラピュタ阿佐ヶ谷企画。デレク.ジャーマン作品上映。「阿賀に生きる」10周年イベント。他多数準備中。

15. にいがたシナリオ講座

 第二期シナリオ講座は、5月19日より7月28日までの隔週土曜、全6回にわたり万代市民会館で行われました。受講生20名はいずれもシナリオは読んだこともないという方ばかりです。

 講座のテーマは「人間を描けるハートと技術を持つ作家を生み出すこと」。モチーフは「処女作作り」としました。「短くてもきちんと相手に伝わるシナリオを書く技術を身につける」を合言葉に、原稿用紙の使い方・ト書き、セリフの機能と書き方、構成の方法、キャラクターの造形の仕方、着想のヒント、ストーリー作りなどを手取り足取りの指導を行いました。毎回、宿題のシナリオを提出してもらいましたが、ていねいな添削が好評でした。講座の到達目標レベルは、一般公募(200字詰、120枚)に挑戦できることを目標としました。7月に一旦、講座を終了した後、受講生の中でミニコンテスト(200字詰、60枚)を行いました。賞金は2万円。11月4日には特別講義として2001年度の向田邦子賞を受賞した大森寿美男氏をお招きして、受講生との対話形式で映像現場におけるシナリオの役割などを語っていただきました。全講義を終了した受講生達の感想は「二万三千円は安い」でした。(司貴志)

16. 交流、共催、後援、協力、関連事業

「にいがた映画塾2001年度の活動」参照

17. 経費捻出活動

 新潟市青年ネットワークが開催したフリーマーケット「SWAPMEET2001春」(5月5日・新潟競馬場)に出店。矢部孝男、伊藤貴子、豊島裕之、安藤樹、高木秀俊の5人が2ブースで会員の提供してくれた古着や小物などを売った。当日は他の何人かの会員も激励やお客として顔を出した。売上金額は35,000円で、この中から出店料5,000円、振込手数料210円、スタッフの飲食代5,638円を引いた24.152円を映画塾の収入とした。

 尚、同じ青年ネットワークの「〜2001秋」にも出店を予定していたが開催日に(9月9日)にスタッフが揃わなかったため出店を中止した。(矢部孝男)