99.10.08
―「白痴」制作・新潟の2000日物語―
「白痴」の記録編纂委員会編
新潟日報事業社発行
定価1500円(税込)四六判、275ページ
実 践 もちろん映画はノリだけではできない。そのことを受講生が痛感するのは卒業制作だ。1日の撮影で5分以内の作品を撮り上げなければならない。準備期間は1カ月。長いようで素人の集団にとってはあっという間だ。4組に分かれた各グループは平日にも集まり準備を進めた。ちなみに映画の世界では、一作品の制作スタッフ・役者を「○○組」と呼ぶ。『白痴』なら「手塚組」となる。
まず受講生はドラマ、コメディー、実験映画の3ジャンルに分かれ、各グループでどんな作品を撮るか話し合ったが、どのグループも難航を極めた。自分の好みを言い合い、ときには罵声(ばせい)も飛び交う。「受講生の映画制作の経験値が同じだから、懐疑心が生まれ意見がまとまりにくい。監督が決まっても、メンバーが勝手に自分のイメージを主張し合ったりするので、だれが監督なのか分からなかったりする」。今関あきよしは、映画塾的な映画制作で陥りやすい状況を的確に指摘する。
また、福祉や教育のドキュメンタリー映画に長くかかわってきた小林茂は「学校教育の中でここまで激しい議論をするだろうか。映画制作は自我をむき出しにする。そういう意味で見ていて楽しい」と言う。
内容が決まっても、やることは山ほどある。役者をどうする。撮る場所はどこで、だれから許可をもらえばいいのか。小道具は何が必要で、買うのか、作るのか、借りるのか、だれが手配してどうやって撮影現場に運び込むのか。まてよ、車は何台必要なんだ。どこに止めておけばいいのか。当日は何時から始めてどの順番で撮っていくのか。場面が多すぎて1日では撮り切れない、監督削ってください。監督、この場面の構図はこの場所では撮れません。暗過ぎる。照明はどうする。電源の容量は大丈夫か。当日の昼食はどうする。近くにコンビニエンスストアはあるのか。トイレは…。
規模の大きさこそあれ、プロの映画でも悩みは同じ。受講生はプロの映画の疑似体験をしていた。
もっとやっかいなのは、撮影担当の受講生。35ミリカメラと16ミリカメラは一からの教育だ。
映画のフィルムはフィルムの幅によって主に35、16、8ミリの3種類がある。35ミリは劇場公開用の映画、8ミリはビデオが普及するまで一般的だった個人映画用のメディアだ。16ミリはその中間になる。
映画フィルムは1秒間に24コマ記録される(8ミリは18コマもある)。写真の24枚撮りフィルムが1秒間で終わる計算だ。値段は現像も含め、約3分あたり8ミリは約2000円、16ミリはその約7倍、35ミリになると8ミリの約25倍にもなる。16、35ミリはその後の処理もかかるので、さらに値段は膨らむ。とても一般的なメディアとはいえない。
さらにカメラの値段も8ミリが自転車なら、16ミリはスポーツカー、35ミリになるともうF1カーの世界だ。
1台のみの35ミリカメラは星龍雄の班4人が担当することになった。
「これがサン・ゴー(35ミリカメラ)かあ」。一度はプロを夢見た星にとって、実際の重量以上の重みを感じたという。
最初は「みんなで交代して撮ろう」と言っていたが、そんな甘いものでないことはすぐ分かった。家庭用ビデオカメラのような自動露出やオートフォーカスなどあるはずもない。フィルムもカートリッジに入っていないので、ダークバッグという光の入らない袋の中で手探りで装てんしなければならない。カメラマン、フィルム交換、露出、ピント送りと担当を決め、撮影当日まで自分の仕事を最低限こなせるように特訓が始まった。
フィルム交換の担当は17歳の佐藤崇裕。露光してしまったゴミフィルムとダークバッグを借りて、自宅で何度も何度も練習した。最初はフィルムがねじれたり、途中で切れたりしたが、次第に自信がついてきた。「崇裕は日本でただ一人、サン・ゴーのフィルムチェンジができる高校生だな」と周りが冷やかすと、得意げな笑顔を浮かべた。
カメラや三脚のセッティングからフィルム装てん、ピント合わせ、露出測定、カメラの露出設定と、一つずつ声を上げ、指差し確認しながら練習を繰り返す4人の姿は、まるで小さな村の「消防団」の演習のようだった。
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