99.2.13


 

新潟8ミリ映画のセイシュン

 

吉田 健明
プロフィール:1958年生まれ。中学の時より8ミリを撮り始める。20代前半の某K社の専属漫画家時代に、大友克洋監督の自主製作映画に参加したこともある。現在、中之島町在住。
 
写真=『祭りが終る時』(1980年・60分)監督:尾花健一 出演・・窪田哲夫 松井綾子
 
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全国的な8ミリブーム

 幅8ミリのフィルムで撮られ、映し出される8ミリ映画。プロの映画とは比べものにならないとは言え、それはやはりひとつの「映画」には違いない。そのことが映画への憧れから、アマチュアの分野で8ミリ映画が用いられてきたのであろう。

 その8ミリ映画は戦前より存在していたが、趣味の領域として一般家庭に普及してきたのは1960年頃からだ。当時それは「小型映画」とも呼ばれた。

 高価なものであった8ミリをまず手にしたのは、家族を写そうとしたオトーサンたちだった。個人的なホームムービーから、次に祭りや自然など地域を記録するようになり、上映も身内だけでなく、一般にも公開するようになった。県内にも68年「新潟アマチュア映画協会」が結成され、年一回大きな会場で映写会が催されている。

 さて、そのオジサンたちのものだった8ミリが、やがて新潟の若い世代にも浸透していった。

 60年代後半、早くもある高校生たちが8ミリを回していた。新潟高校の尾花健一とその仲間たちは卒業後、69年自主映画製作グループ「Cinema'69」を結成した。8ミリを撮り、「映画のおもちゃ箱」という自主上映会を開き、そして16ミリ映画にも挑戦。77年『ミッドナイト・シンデレラ』、79年『砂時計』を発表。80年『祭りが終る時』では、映画や歌に夢を託した青春の十年後を苦く切なく描き、スタッフが登場人物とダブり、テーマに対して切実な思い入れが感じられた。いずれの三作品とも県内だけでなく、東京などでも上映している。

 この当時、東京では、77年情報誌「ぴあ」が「自主製作映画展」(後の「ぴあフィルムフェスティバル」)を開催したり、一般商業映画に8ミリ出身の監督が起用されたり、全国的にも若者を中心に自主映画ブームが訪れていた。

(月刊ウインド1993年11月号掲載)

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