99.2.13
新潟8ミリ映画のセイシュン
<3> 新潟若者文化の一端に
84年の映画祭も前年に続き、多くの力作が集まった。個人映画から高校・大学のクラブやクラス映画、SF物や学園物、アニメ、実験映画などバラエティに富んだ十一本が上映され、大賞は三条高校映画部『宇宙刑事シグマ』が受賞した。
これまで映画祭では全く無名だった三条高校映画部だが、その創部は実に50年代で映画製作は72年からであった。一時期の空白はあったが、この作品で復活し、93年までに四十数本の映画を製作。ほかの主な作品は、76年『窓をみていた午後』、77年『鬼部長と文部省』、88年『失くしたもの』などがある。なお、同高校ではクラスで映画がつくられたことは、過去一度もない。
また、県内全般の高校生8ミリではこれまで一回きりの思い出作り的発想のクラス映画が主流だったが、次第にに個人や部活動などで製作される割合が増えてきた。それにより8ミリは、個性や伝統を基に、日々の錬磨(?)の中からレベル向上につながっていった。
この当時、高校の部活動では、三条高校映画部のほかに、新潟南高校映画研究同好会、長岡高校特撮研究都、糸魚川高校映画研究同好会などがあり、新潟大学には映画倶楽部、ビデオ8ミリ同好会、SF研究同好会などの団体が存在した。また、新潟工業高校には「STUDIO CATHODE」という同好会や、巻町には「ムービー・トライ・マキ」というサークルなどがあった。
もちろん「にいがた映画祭」に、新潟の若者の8ミリすべてが集合したわけではない。この84年前後に特に注目された作品では、ヤングジャンプ映像大賞入選の野上純嗣『さらば人間くん』や『Room Number -∞(無限大)』、「スタジオ・マイナス・ゼロ」というグループの五十嵐政人『Kill・Time 日に夜を継ないで』、同グループの法雲紅美『まい子のほんのちょっとの昔のちょっとした朝食』、そして桃川智博「びたみん」などがある。
ところで前年に続き、再び新潟から「ぴあフィルムフェスティバル」に入選する作品が現れた。それは第六回映画祭で奨励賞を受賞した、新潟南高校の須田和博監督「END、END」である。彼の前作「Mo-(盲)」に続き、錯綜と混乱の映像世界を見せている。
写真=『END、END』(1984年・22分)監督・・須田和博 出演・・難波正浩 須田和博このように、この数年の県内の8ミリ映画は、発表される作品数、層の厚さ、完成度の高さから見ても、全国レベルに近づき、また新潟の若者文化の一端を担う力に育ちつつあった。
しかし85年、第七回映画祭では、三条高校、新潟南高校、新潟大学などクラブ製作の常連組が大半(大賞は新潟南高校映画研究同好会『必殺学園仕事人』)を占め、ついに上映八本の中からクラス製作の映画はなくなった。誰でも気軽に8ミリを回していたクラス映画が姿を消したことは8ミリ全体の底辺が狭まったことを示し、観客数の減少にもつながる結果となった。そして、大きな会場(公会堂)での上映会もこの年が最後となる。
(月刊ウインド1993年11月号掲載)
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