99.2.13
新潟8ミリ映画のセイシュン
<4> なぜか、8ミリビデオ かわって、86年。8ミリ映画の祭典は「にいがた8ミリ・ビデオ・インディーズフェスティバル」と名称を変え、新たにビデオ部門を設けた。海上はオープンしたてのシネ・ウインド。席は百足らずと入場者の数は限られたが、それで十分という実態でもあった。8ミリ映画の上映は16本。しかし、期待のビデオ作品は1本しか集まらず、翌年からは再び「映画祭」に戻る。
第9回、シネ・ウインドでの上映も定着し、時間もたっぷりと、昼の12時から翌朝までオールナイトでなんと17時間におよんだ。前回から応募作品のほとんどを上映し、大賞も選ばない映画祭は全体の質の低下を招き、また応募者の固定化、マニアックな内容は8ミリをよりマイナーな存在としていった。藤亨、中村文哉両監督作品は一部のファンはいるものの、所属の新潟大学映画倶楽部からも認められないほどのアブナイ、オモシロイ作品であった。そして、88年には「にいがた映画祭」も十回目を迎えた。ホームビデオの普及、8ミリ映画機材の生産中止などを背景に、新たに8ミリに関心を示す若者たちの動きはなく、その魅力を知っている“こだわり派”のみが、各々のスタイルで表現し続けていた。新潟大学映画倶楽部の早見正明監督「そいつをとりもどせ!!」は、第1作「高校生日記―夏―」から一貫してエンターテイメントを撮ってきた彼の作品らしく、アクション映画大作に仕上がっている。その後も89年「ロボソージ」、91年「こんなやつがいた」など彼の映画製作は続いている。
写真=『そいつをとりもどせ!!』(1988年・80分)監督・・早見正明 出演・・早見伴十郎 源川イクオ残念ながら、10回をもって8ミリの祭典は一区切りを打つことになるが、意欲的な製作者たちは独自に発表する場を作るようになった。89年、東映パラスでの「新潟フィルムマラソン」にメジャー映画とともに『そいつをりもどせ!!』を上映したり、三条高校映画部や新潟大学映画倶楽部は、学校外でそれぞれ単独上映会を開いたりした。
ところで、90年。一本の長岡発8ミリ映画が注目を浴びていた。イメージフォーラム・フェスティバル大賞を受賞した、野上純嗣監督『すみつぐのつぐ』は、超家族的映画ながら普遍的なテーマをもち、人生を深くみつめる作者の眼がある。長岡の雪のシーンが印象的。皮肉にも「にいがた映画祭」がなくなって、ある意味で貴重な「にいがた映画」が出現した。
写真=『すみつぐのつぐ』(1990年・38分)監督・・野上純嗣 出演・・野上厚志 野上純嗣同じ年、二年ぶりに、ビデオも加えた「にいがた映像フェスティバル90」が開催されたが、8ミリ映画に以前のような勢いはなく、またビデオも86年同様盛り上がらず。8ミリと言えば今や8ミリビデオの時代に、家庭用は別にして、なぜビデオはこれまで若者を中心として急増してきた8ミリ映画と同じようなポジションにつけないのか。一方では、もちろん両者は本質的には違うものだと認識しながらも、敢えて問うなら、それは単に機材の盛衰には関係なく、もっと根本的な問題として、若者たちが表現すべきものを失い、共同で創造する意欲をなくしたからだと推察するが、言い過ぎか。
91年春「朝まで8ミリ15本勝負!」、同年秋「朝まで8ミリ番外編」、92年「新潟8mm映画祭」と不定期ながら、形を変え、8ミリ映画の上映は続く。絶滅の危機に瀕している8ミリを今なお撮り、映し、観る人たちがいる。経済効率の悪いものはいずれ切り捨てられてしまう世の常があるとはいえ、この8ミリ映画を愛する人たちがいる限り、その灯は消し去ってはならない。
(月刊ウインド1993年11月号掲載)
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