![]()
映画『白痴』の企画書の一章に、映画制作における文化的波及という記載があります。これは映画『白痴』の制作が、たとえ一過性の企画として成立した後でも、地元における映像文化や芸術発展の火種を残すことを意味しています。講座は当初より何らかの形で予定していたことでもあり、煩雑な時期に差し掛かる前に開催することになりました。
* 映像の世界は抽象的な基盤に成り立っていますが、それを忠実に再現するには逆に厳密で具体的技術が必要です。そこでカリキュラムは、誰もが興味を持ち続けて貰えることに主点をおき、たやすく映像を撮らすことに始まり…非日常的な機材を利用しながら映像の作り方を体験してもらい・・・最終的に絶対「作品」を作らせない事としました。誤解を招く表現かもしれませんが、この事は主催者側にとって映画塾の指針表明をする上でとても重要なことなのです。つまり、「作品」を作らせるにはそれなりの撮影日数や制作費、および、制作者の自主的な意思統一が不可欠です。無理強いすれば、その為により多くの大切な事が犠牲にもなりかねません。今回は第一回ということもあり、「作品」を作らすことを当初から排除せざるを得ませんでした。そんな私が、講座のカリキュラムを組む際心がけた事は、自ら楽しめる講座にすることでした。さらに、出口(制作後の助言を一切しない)を用意しないことでした。これが参加者を飽きさせず、自分も気兼ねなく没頭出来る、今回の特色ある塾環境だと考えました。また私は、事前に映画塾の合否の指針を密かに決めていました。それは、塾の終了後、自主的に作品を作る団体が現れれば成功だ…と。
* 今回の映画塾に参加していただいた方々に、言っておきたい事があるとすれば、作品の出来不出来を論じる事が重要なのではなく、今日の午後何を食べたいかと考える気軽さで、映像に関わっていける事の方がもっと大切だということです。楽しかった経験を身近な人々に語って頂き、映画『白痴』の制作現場に、一人でも多くの皆様が集まって頂けれぱ、この塾をやった意義が私なりに完結できます。受講生の皆さん、運営を陰で支えて下さった皆さん、お疲れさまでした。
(月刊ウインド1997年6月号より)
古澤 敏文(ふるさわ としふみ)
1957年佐賀県生まれ、79年より映画製作に携わり、『狂い咲きサンダーロード』に参加。85年手塚監督『星くず兄弟の伝説』製作主任。林海象監督『夢みるように眠りたい』プロデュース。現在、手塚監督『白痴』のプロデューサーとして多忙の毎日。
トップページへ第1期:カリキュラム/1月12日/1月19日/1月26日/2月2日/2月16日/本撮影作品紹介/塾生コメント
第2期:カリキュラム/7月6日/7月13日/7月19日/7月20日/7月21日/7月27日/8月2日/8月3日/8月10日/8月24日/8月31日/作品紹介/塾生コメント