にいがた映画塾コムWorkshop>第5期にいがた映画塾

2000.5.12

<一>

ひそやかな とても ひそやかな

 

[告白]

 

 映画塾を受ける人っていうのはどういう人だろうかと気になりました。私は映画に興味はあったけれども、映画館では全然見ていなくて、それまでで10回いってなかったかもしれません。ビデオでも見ましたが、主に衛星放送のBS2で流される映画を見て、ぼんやり映画が好きになっていきました。映画塾に来る人は映画が好きなのだろうと思いますし、映画館に通い詰めてたくさん見ているのだろうと思って引け目を感じるところがありました。だから私は「別に映画は好きじゃない」と、映画塾に入った当初は言ったものですが、やっぱり好きなものは好きでした。

 衛星放送BS2の趣味はなかなか良くて、タイトルが全然わからないものでも、とりあえず録画して見ていました。部屋が明るいので、暗いシーンになるとテレビが鏡のようになって自分が写り込んでしまいましたが、気にしませんでした。そういうふうにして、私は幾つもの作品に特別出演をしました。お菓子を食べていたり、横になっていたり、なかなかの自然な演技でした。

 ある時、ゴダールの「気狂いピエロ」のビデオが部屋に転がっていて、(姉が借りてきたものでしたが)、ゴダールという名前を聞いたことがあったので見てみました。始まってすぐに私は横になり、ビデオの機能で二倍速にしてとにかく最後まで流しました。ラスト、男の顔が青かったというくらいしか覚えてません。

 闇雲に録画した中で、アルパチーノ主演の「セント・オブ・ウーマン」というハリウッド映画がありまして、私はそれを何度も見ました。作品中、タンゴを踊るシーンがあるのですが、同じところを何度もまき戻しては見てるうちにテープがからまってしまい、それ以来「セント・オブ・ウーマン」を見てないのですが、今までに1番見た映画だと思います。第4期の友達にそのことを言うと、驚かれて笑われましたが。

 たぶん今ならば「気狂いピエロ」は楽しめると思います。だからといって、ハリウッド映画に辟易して「最低だ」などとは言いたくないですし、言わないとも思います。映画塾に関わって、というか映画のことを気にするようになって、許容範囲がひろがったのはよかったです。少しなまいきになりましたが。

 映画塾は「映画を撮る」に関するところですから、映画との関係も「見る」だけから「撮る」もあるんだと広がりましたし、「撮るために見る」という見かたで最近は映画を見ている気がします。そうなると「映画を考える」も出てきてしまい、「映画を選ぶ」や「映画を分ける」といった、その作品自体とは関係のないところで時間を潰してしまいます。

 私は、映画を撮るということからどんどん離れていってる気がします。そうやって外堀から埋めていけば映画が撮れるのかというと、実際わたしは自分の作品を撮れていないのですから、遠回りをしているのかもしれません。撮りたいという気持ちだけでは撮れないのでしょうか。きっと撮れると思います。撮れると信じます。私は撮りたいくせに、その気持ちと向き合うことからくる現実的にやっかいなことや、自分を顧みて、どうせ無理だと思ってしまう気持ちから逃れるために、映画を考えているフリをして誤魔化していたのかもしれません。撮ることを前提に考えているというのは嘘で、考えることが目的になっていたのかもしれません。だから私は撮りたいと思うことにします。映画塾に来ることが映画に関わりたいという意思表明ではありますが、あえて無邪気にも私は言いたい。「私は映画を撮りたい」。この気持ちがはじまりだと思うし、それがなければ嘘だと思います。

 

[熱]

 

 撮りたくてしょうがない人がいる。たとえば私。

 何が撮りたいのか分からないし、どうやって撮ればいいのかも分からない。ただ、撮りたいの。「何を?」じゃなくて、撮りたいの。どうすればいい?どうすればいい?

 どうすればいい?

 無軌道をただしてもらうために映画塾に来たんじゃないし、映画の構造や有効性なんかで諭されたいんじゃないの。頭なんか使いたくない。本なんか読まねーぞ。

 カメラをよこせ。映画塾はカメラとフィルムを与えるだけでいい。撮れる、撮れないじゃなく、撮る、撮らないだろ。撮るよ。撮るからそこをどけ。

 そら、撮影だ!

 

cbg77710@pop12.odn.ne.jp

 

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