2000.7.7

<九> 原将人ちょっとだけ体験
[20世紀のノスタルジアにひとつ]
映画を人から教わろうとするのが間違いだ。と、原さんに言われた気がします。作家である原将人は「原監督」ではなく「原さん」なのだなあと思い、飲み会のときも「原さん」で通したのはまずかっただろうか。
僕は飲み会の席で原さんの隣に座りました。向こう隣は新大の映画クラブ部長がつけました。彼は「20世紀ノスタルジア」との運命的な出会いがあって、「今こうしてここに居る」らしくその想いを語っていました。僕はそれを聞きながらたまに口を挟んでいたのですが、迂闊なことを言ってしまい、原さんに諭されました。たとえば、これからはビデオなのでしょうかと聞くと、油絵を描くという人がね、スケッチや水彩画をやるべきだろうかなんて人に聞かないし、そんなことは人に聞くべきことじゃない。8ミリには8ミリのよさがあるのだから、35ミリを撮るために8ミリを撮ろうというのではなくて、それならばビデオでやれば良い。とか。または、これから商業映画を撮る予定はあるのでしょうかと聞くと、商業のベースにのせれば何でも商業映画というものにはなるのだらか、そういう区別はしてはいけない。とか。確かにその通りで、自分でもバカな事を聞いてるなあと思い、へこたれました。
今は撮影所のシステムが無くなっていて、だから「監督」というシステムがなくなっているから、作家にはなれるけど、監督にはなれないよ。というようなことをおっしゃってました。映画学校なんか行くよりも大学へ行った方が良い。とも言ってました。つまり人から教わろうとするんじゃなくて自分で考えなさいってことだと思いました。だからかもしれませんが、映画塾の講義形式の教える教わるという関係ではなく、向こうは作家ですから、こちらも作家になって、原則的には対等の立場で「表現の場」を築こうと思っていらしたのではないかと勝手に考え、勝手に納得しときます。
飲み会の席で、食べ物の皿の上をとんでいた蚊を僕が掴もうとして失敗したのを原さんがパチンと潰して、無用な殺生をしてしまいました、とニコニコしておっしゃられ、まだ血を吸われてなかったようでよかったです、と僕が応えたのは、最も和やかな一瞬でした。
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